雑感
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2004.1.25

『ワラッテイイトモ、』展 アップリンク・ギャラリー

薄暗いギャラリースペースにテレビとビデオデッキが並んでて、ヘッドホンをしながら観る。
編集にどのくらいの時間をかけたんだろう、過剰なまでに加工、編集された映像が40分位続く。
高速反復されるタモリの動作におもわず声に出して笑ってしまい、友人に嫌がられる。
ひたすら続く過剰なカットアップ、だんだんグロテスクにみえてきたり…
期待以上に強烈な作品だった。
今日みたのは無修正バージョンで、閉店間際に行ったため一回みてすぐに出てしまった。
修正バージョンは展示されてたんだろうか?
あと、他の作品も2点あったけど見れなかった。会期中にもう一度行きたい。
ああいう過剰さを目の前にすると、あれこれ考えるまえにただただ驚く。

 

2004.1.18

鈴木康広-山極満博 展 「行方不明」 スパイラルガーデン

最終日の今日行って来た。

手前のスペースは山極さんの絵画、写真、ビデオ、立体のインスタレーション。
絵画の方は単色で塗られた広い面に垂直に道路が通ってて、そこにポツンと自動車があったり、飛行機のある空港の風景が描かれたものなど。
真っ白な飛行機型の立体、北欧っぽい風景の写真等々。
作りこみ、描き込みが希薄というか、単純化されたというか、違う媒体の作品の中でそういった統一感がある。

奥の方には鈴木康広さんの作品、垂直に立つ7、8メートルの白い円筒の上の方から、白い木葉状のものがヒラヒラ舞っている。近くに行ってみると床に散らばった白い木葉にはすべて閉じた眼と開いた眼が裏表に印刷されていて、それを円筒に挿入しておくと定期的に円筒上部から木葉が舞い落ちるというしくみ。場所柄なのか親子連れが結構居て、子供たちがはしゃぎながら木葉を集めている。降ってくる木葉を下から眺めると、何十もの瞬きした眼がこちらにせまってくるようで、鳥肌が立った。

山極満博さんのトコロ鈴木康広さんのトコロ

後で知ったんだけど、鈴木康広さんはデジスタのこの作品の作家なのか。デジスタ、あんまり観たことがないんだけど、この作品はすごく印象にのこってる。

 

2003.11.24

旅 - 「ここではないどこか」を生きるための10のレッスン 東京国立近代美術館

グローバル化した世界で、故郷とは違った土地で暮らすこと。(先ず入ってすぐにそんな感じの文章)
現代的、社会的なテーマを扱った企画展で、どんな展示がされるのかちょっと気になっていた。
英語のタイトルは「Traveling: Towards the Border」で、国境が意識される作品が多い。
内容は企画展のテーマ、「旅」(とか国境)をなぞり過ぎている感じで、あんまり楽しめなかった。
ちょっと気になったのは、壁面の所々に「旅」を思わせるようなテキスト(引用)があったこと。
あと、次の展示室に何があるのかわくわくさせるような会場構成(以前あった「連続と侵犯」展でもそうだった)。

 

2003.11.22

Vectorscapes 片山博文展 art & river bank

8×10のカメラで撮影された写真をトレースし、ヴェクターグラフィック化された作品。
作品には、元となっている写真の画像は一切残っていないそうだが、なぜかその作品に写真っぽい印象を受ける 。
その”写真っぽさ”が何に起因しているのかとてもあやふやになってしまう。
写真(とその被写体)を観ているのか、グラフィックを観ているのかよくわからなくなる。
この”よくわからなさ”は、Taka Ishii Galleryでの「Thomas Demand展」の時にも感じた。
「よくわからないものが好きなのね?」
多分ティコムーンにあったセリフ。
やっぱよくわからないものには興味が向く。
(ナンダ、コノオワリカタ…)

 

2003.11.01

中平卓馬展関連イベント告知

記念公演会
 11/9 (日) 15:00-16:30 浅田彰氏
 11/22(土) 15:00-16:30 倉石志乃氏
 横浜美術館レクチャーホール 聴講無料 定員240名 先着順

映画上映会 ホンマタカシ監督 「きわめてよいふうけい」
 12/6(土) 13:00-
 12/7(日) 13:00-
 横浜美術館レクチャーホール 入場無料 定員240名 先着順 

問い合わせ先 横浜美術館 045-221-0300

 

2003.10.31

Christopher Williams新作展 ワコウ・ワークス・オブ・アート

先ず入ると解説文

「 例えば一台のカメラの写真。機種は一見高価に見えますが、実際は旧ソ連製の安いハッセルブラッドの模造品です。モノトーンであるこの“偽”の被写体を用いた写真を作るため、ダイ・トランスファー・プリントという高度のカラー技術を使い、その撮影には機材、光学、スタジオのセッティングなど高性能のものを使用。“おもちゃのパチンコの撮影にNASAの技術を使っているようなものだ。”と彼は述べています。安価な偽物に高性能の技術。彼は一つの作品の中で、異なる要素を対話させる事によって生じる新たな側面を期待しているのです。
  これら一見わからない文化的背景やストーリーが織り込まれている彼の作品が問いかけるのは、固定観念の排除によって様々な見方が成立する、ということです。60年代のコンセプチュアルアートから影響を受け、写真はもちろん、映画にも深い尊敬を抱くウィリアムス。一方で彼は、美術史だけでなく政治、社会、経済の歴史からも様々な要素を汲みとっています。その結果、彼自身のフィルターを通して形成された世界観が、作品という一つのイメージへと集約されるのです。この記号化された壮大なバックグラウンドを、見る側がどこまで見極め、読み解いていけるかが鍵となります。」

左壁面に2点、フィルムの空箱らしきものの写真、何か図形が描かれたメモの写真。
この2つについてはよく解らない。
右壁面には、解説文にあるにせハッセルが角度を変えられて撮られたものが3点。

 正面にあったのがトウモロコシの写真。画面上部にコダックのカラースケールが一緒に写し込まれている。
このカラースケールよく観ると何かがおかしい。
赤色の上にシアン、緑色の上にマゼンタ、青色のうえにイエローと書かれた文字。
実際のカラースケールの色が、この写真ではとちょうど補色の色になっている。
そこで生じるひとつの疑念、「このトウモロコシは補色で着色された精巧なトウモロコシの模造品で、この写真上では色成分だけがネガに変換されてるのだはないか?」
確かにこのトウモロコシはよく見ると模造品のようだ。
そこでまたもうひとつの疑念が生じる、「そんな手間の掛かることをするよりも、補色のカラースケールそのものを偽造したほうが遥かに簡単なはずだ。」
ひとつの疑念と、それを否定するようなもうひとつの疑念を抱きながら、ひたすら写真の上にヒントを探す。
しかしそれも空しく、写真からは真偽は明かにならない。
偽造されたのが補色のトウモロコシであっても、カラースケールであっても、写真上では何の違いもない。
映像に対する信頼(写真に写っているものが、写されたであろうという信頼)はこんなにも簡単に崩れる。
ガツンとやられました。

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2003.11.18(追記)

ふと思い出してしまった。
ギャラリーの壁面に貼られていた解説文(上で引用済み)について。
この個展のメインと考えられている作品は内容的にも、位置的にも上で触れたトウモロコシの写真だと思う。
しかし解説文ではこの作品について直接的には一切述べられていない。
なぜか?
この作品で重要なのは、1枚の写真のなかに同居する決定的な矛盾点を、見る人自らが発見する必要があるということだと思う。
「実はこの作品は…」なんて教えられてしまったら興醒めだ。
僕が実際にギャラリー内でとった行動。
 先ず入口近くの解説文を流し読み。
 解説文にあるハッセルの写真他2点を見る。
 例のトウモロコシの写真を見て、もしやと思う。
 再び解説文を見て、「もしや」が確信に変わる。

 

2003.10.27

ハピネス展 森美術館

六本木ヒルズに完成した森美術館のオープニングの展覧会。
様々な時代の著名作家達の作品を独自のテーマに分類して展示。
混雑を避けるため、夜に行ったけど、結構人がいた。
予想どうりというか、かなり無理のある展示だった。
歴史的文脈から切り離して観ることは、個々人が普通にやってることだと思うのだけど(作品から得る直接の印象とかは歴史的文脈には規定されない)、あえて展示の構成でそれをやってしまうのはやっぱ無理があるのかなあ?
東京都現代美術館の常設展と比較してしまった。
普通に分類してけばかなり見ごたえがあったと思うのだけど…(それもまあ本末転倒か)
ビデオ作品が意外と多かったのはドクメンタの影響だろうか?
ビデオはちゃんと別の部屋になってる作品が多く、楽しめました。

 

2003.10.15

第21回写真「ひとつぼ展」 ガーディアン・ガーデン

グランプリ受賞者の作品が、6×6でこそないが川内倫子の写真そっくりで驚く。
確かに作品のまとまりという意味においては完成度が高かったけど、これでいいのか?
フジタユミコさんのDIORAMAはやっぱおもしろい。
個展プランはプロジェクターでの展示。
できるだけ大きく投影して、見る人がDIORAMAに入り込むようにしたいとのコト。
これは見たかったなあ。

 

2003.10.12

光の狩人 森山大道展 川崎市民ミュージアム

K曰く、「グラフィックに見えてしまう。」
なるほど。中平卓馬に比べるとかなり表現主義的だなあと思う。
写されたであろう被写体よりも森山大道の美学(?)が前面にでていて、
結果何が写っていてもさして関係はない。
時系列的な展示 を見ていくと、その傾向がより強くなっていくようだ。

原田普 「window scape - copa do mundo」 art & river bank

テレビ画面を被写体とした、不鮮明な画像。
ワールドカップの映像の写真に混じって所々に恐らく花の映像の写真。
んー、よく解らん。
前のlogosでの展示はわりとおもしろかったんだが…

 

2003.10.10

中平卓馬展 原点復帰 横浜美術館

時系列と逆順の展示で近作のカラー写真が始めに来ている。
寝ているホームレス、草、ハト、カモがひたすらモノとして写っていて、見る人の安易な連想を許さないような展示だと思う。
彼の過去の発言がより実現されているのだろうか。
というか、過去の文章のインパクトが強烈なため、どうもそれと結びつけたくなってしまうってのもある。
あと過去の作品はほとんど新たにプリントされたものだった。(きっと昔のプリントを取っておいたりしない人なんだろう)
その中で、珍しく過去の展示のためにつくられたであろうグラビア製版のプリントがあった。
印画紙のプリントより、作品にすんなり入っていける感じを受ける。

(C) Shingo Suziki